戦争体験者の減少と戦争リスクの高まり

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日本国旗 日の丸

大東亜戦争までの道

日本人にとって8月とは慰霊の月である。

自身の祖先を祀り、大東亜戦争で亡くなられた方の御霊を祀り、
原爆の被害に遭った民間人の御霊を祀る。

戦前は開戦ムードを煽ってきた朝日新聞や知識人達が、
敗戦後手のひらを返しGHQの圧力と共産主義勢力の代弁者となった。

国民は与えられた情報からしか判断できない。

その情報にバイアスが掛かっていて、
ある特定の目的に向かって方向付けがされていた場合、
それが平和や国益にかなうものであれば良いのだが、
ミスリードだとそれに反してしまうことがある。

独裁政治の国であれば君主の考えで戦争一直線の場合があるが、
民主主義国家の場合は君主よりも少ない情報量で国民は判断しなければならない。

この先、日本が戦争・紛争・内戦のリスクを抱えることがあるとして、
それによって得をする勢力はどこであろうか。

そうした勢力の扇動や工作により国民の冷静な判断や先人たちの戒めを忘れ突き進むことによって、
私たちは誰かと戦う(戦わされる)リスクを現在も抱えている。

戦争経験者の声は今後減る一方

個人的に子供の頃や、ここ数年で80代や90代の方から戦時中のお話を伺う中で、
一市民・一兵卒の立場で戦争自体の発生や終結に力を及ぼすことはできなかったようである。

現在ヴェノナ文書などの研究によって、
大東亜戦争当時の様子が解明されつつあるが、
当時のほとんどの人々はその裏舞台を知るはずもなく、
戦争へ突き進む中で精一杯に自分のできることを誠実に果たしていた。

その当時の日本国民は「家族のため、お国のため」に必死に生きていた。

お話を伺った中で以下のようなエピソードをお聞きすることができた。

  • 機械科の高等学校教諭だった為、戦車の設計を行っており、敗戦後はGHQに睨まれないよう設計図をすべて燃やした

  • 近衛騎兵だったが負傷し、後方部隊に配属となって生き延びた
  • 中国北部の戦線で戦車に乗って戦って戦果をあげ、運良く抑留前に引き上げることができた
  • 軍医で戦場へ赴き、戦地からの帰国の船で周囲の船団が潜水艦によって次々沈没していく中、
    運良く帰国しその時一緒に働いていた軍医の仲間と帰国後に病院で共に勤務した
  • 学徒動員で工場で軍需物資の生産に携わり、空襲の際に近くの建物が破壊され友人達が亡くなった
  • 海兵となって艦船に乗り魚雷発射を担当した(魚雷の発射から敵艦艇に命中するまでの様子を語られた)
  • 農村部で自給自足で生活していたが、子供をやっとの思いで育て上げた
  • 南方の諸島で劣勢に追い込まれ6ヶ月程籠城し食糧難の中で生き延びた
  • 広島の原爆の情報はすぐには伝わってこなかったが、長崎の原爆の情報には早めに接した記憶があり、毎年原爆被害者慰霊祭の中継を見ながら慰霊している

ちなみに一番目と二番目は私の親族のエピソードである。

2、30年前であればこうした話を近しい高齢者の方から伺うことができたが、近年では難しくなっている。

当人がおられなければ、質問ができず当時の様子を深堀することもできない。

その方々の大部分が口を揃えておっしゃるのが「現代人は危機意識が足りない」ということであった。

戦前・戦中の日本に比べ、他国に対する独立意識や尊厳を護る意識が足りないとおっしゃるのだ。

そういう視点で見ているので、外交姿勢や自衛手段等に不安を感じている様子だ。

GHQや米国・ソ連・中国の共産主義勢力の教育とマスコミ支配によって、
数十年がかりで行われた日本人の「我々は悪いことをした民族」という洗脳が成功してしまい、
諸外国から非礼な態度や歴史を覆すような主張をされても強い態度に出ない、
更には自信や家族の命を守るための軍事力まで弱めようとする状況である。

大東亜戦争後にアジアやソ連邦からの独立した国々の独立前の植民地時代を見ている世代は、今の日本に危機感を持っている。

なので、今の日本では過激と思われる小型戦術核兵器と戦略核兵器を日本が保持した上で、
外交力の後ろ支えと侵攻されるリスク低下を目指す私の立ち位置に賛同してくださる方が多い。

戦争経験者の方が、戦前・戦中の様子をよく解っているので富国強兵政策と核武装に柔軟な考えを見せるのかもしれない。

しかし、その子供の世代は教育による「日本人は悪いことをしてきた」という洗脳が効いている為、
いわゆる「武力に頼らない対話による平和実現」を基に発想する様にうかがえる。

ここから先、若い世代が戦争体験世代の視点を受け継がずにいけば、
戦後に作られた教育の目的は達成され、
再び日本は特定勢力の干渉と他国の侵攻を受けやすい国へとなるだろう。

つまり、戦争リスクは高まり、再び私たちは戦わなければならなくなるだろう。

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祖先の話をしよう

お盆で親族が集まる機会がある家庭も多いことだろう。

これを機会に私たちの祖先が戦時中どのような苦労をされ、
私たちの命を繋いでくださったのか。

また、当時はどのような生活をされていたのか。

こんな話を親族一同で話してみてはどうだろうか。

小さな子供達にも祖先への敬愛の念が芽生え、
生きている事の感謝に繋がると思う。

祖先の苦労をねぎらい、
祖先が生き延びたことに感謝し、
祖先の大切にした事を尊重し、
祖先の宝物である私たち自身を大切に生きていけるよう、
お盆と言う機会を過ごしてみては如何だろうか。

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